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韓国の李明博大統領と(2009年9月24日)
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左からアイスランドのヨハンナ・シグルザルドッティル首相、スウェーデンのモード・オロフソン産業・エネルギー大臣、ラスムセン(2009年10月27日)
ラース・ロッケ・ラスムセン Lars Løkke Rasmussen | |
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2018年 | |
生年月日 | 1964年5月15日(59歳) |
出生地 | デンマーク、ヴァイレ |
出身校 | コペンハーゲン大学 |
所属政党 |
穏健党(2021年 - ) ヴェンスタ( - 2021年) |
配偶者 | Sólrun Løkke Rasmussen |
内閣 | 第1次L・L・ラスムセン内閣 |
在任期間 | 2009年4月5日 - 2011年10月3日 |
元首 | マルグレーテ2世 |
内閣 |
第2次L・L・ラスムセン内閣 第3次L・L・ラスムセン内閣 |
在任期間 | 2015年6月28日 - 2019年6月27日 |
元首 | マルグレーテ2世 |
ラース・ロッケ・ラスムセン(Lars Løkke Rasmussen ( 音声ファイル)、1964年5月15日 - )は、デンマークの政治家。同国外相(2022年12月 - )。
首相や内務・保健大臣、財務大臣、またヴェンスタ党首などを歴任した。
1994年9月21日にデンマーク議会議員に初当選、ヴェンスタ(自由党)が政権を社会民主党から奪取した2001年11月27日よりアナス・フォー・ラスムセン首相の下で内務相・保健相を、2007年11月23日に発足した第3次A・F・ラスムセン内閣で財務相に就任、党職ではヴェンスタ副党首に就任した。
2009年4月4日にアナス・フォーがNATO(北大西洋条約機構)事務総長に選出されたことから、翌5日に指名を受けて首相に就任し、これに伴い7日に財務大臣を退いた。アナス・フォーは同時に与党ヴェンスタ党首も辞職したので、党首にも就任した。
2011年9月15日に執行された総選挙でヴェンスタは第1党の座こそ維持したものの、中道右派グループとして連立政権を構成する他の政党が伸び悩み、過半数を維持できず、社会民主党を中心とする中道左派グループに敗北、16日に内閣総辞職した。
2015年6月18日に執行された総選挙でヴェンスタは第3党に転落したものの、中道右派グループが過半数を獲得し、社会民主党を中心とする中道左派グループに勝利、連立交渉を開始した。しかし、連立交渉は折り合わずヴェンスタ単独となる内閣で28日に首相に就任した。
2019年6月5日の総選挙では、ヴェンスタは前回選挙より得票率を伸ばしたものの、中道左派陣営が過半数の96議席を獲得し政権交代を許した。
2019年8月にヴェンスタ党首を辞任し、2021年に同党を離党。新たに穏健党 (Moderaterne) を立ち上げた。2022年の総選挙では、ブロック政治を終わらせるとした選挙運動が功を奏し、16議席を獲得。メッテ・フレデリクセン内閣の外相に就任した。
元首相のポール・ラスムセン、前任の首相のアナス・フォー・ラスムセンと苗字は同じだが、血縁関係は全く無い。これによりデンマークでは同じ苗字の首相が1993年から2011年まで18年も続いた。デンマークのマスコミは間違いを避けるため、前任の首相のことを「アナス・フォー」、ラースのことを「ラース・ロッケ」と呼ぶことが多い。なお、日本の外務省はウェブ上などでルッケ・ラスムセンと表記している。
公職 | ||
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先代 イェッペ・コフォズ |
デンマーク王国外務大臣 2022年 - |
次代 現職 |
先代 ヘレ・トーニング=シュミット |
デンマーク王国首相 2015年 - 2019年 |
次代 メッテ・フレデリクセン |
先代 A・F・ラスムセン |
デンマーク王国首相 2009年 - 2011年 |
次代 ヘレ・トーニング=シュミット |
先代 トア・ペダーセン |
デンマーク王国財務大臣 2007年 - 2009年 |
次代 クラウス・フレデリクセン |
先代 カレン・イェスペルセン |
デンマーク王国内務大臣 2001年 - 2007年 |
次代 アーネ・ローリヘド |
先代 アーネ・ローリヘド |
デンマーク王国保健大臣 2001年 - 2007年 |
次代 ヤコブ・ニールセン(英語) |
党職 | ||
先代 設立 |
穏健党党首 2021年 - |
次代 現職 |
先代 A・F・ラスムセン |
ヴェンスタ党首 2009年 - 2019年 |
次代 ヤコブ・エレマン=イェンセン |